神職(宮司)
レリガ優紀
宮城県出身。法律事務所を営む父と、神社の家系を汲む母のもとで育つ。幼少期より、ピアノと空手を通じて芸術的な規律と心身の鍛錬を重んじる環境に身を置き、豊かな感受性と忍耐力を養う。
高校時代に英国を訪れた際、英国国教会やカトリック教会が持つ荘厳な空間の重み、そしてその歴史の深さに圧倒されたことを機に、西洋の精神世界へ深い関心を抱く。教会の空間がいかにして人々の祈りを紡ぎ、いかにして聖歌という芸術を生み出すに至ったのか―その根源にあるキリスト教の精神性に強く惹かれ、やがて米国オレゴン州メリールハースト大学にて宗教音楽とパストラルケア(スピリチュアルケア)を専攻する。在学中、シアトルのアメリカ椿大神社でバリッシュ禰宜との出会いを経て、日本文化の深淵なる神道思想を再発見する。自身のルーツと魂のありかを確信したこの経験が、神職の道を歩む決意の礎となった。
帰国後、國學院大學神道文化学部へ進学。学士課程では学術的関心を神道の死生観、神道教化、聖地巡礼にフォーカスし、学士論文では「伝統の祭りが被災地の復興に与える影響と役割」を論じた。在学中に経験した東日本大震災は、人生の大きな転換点となった。故郷の地域社会の苦しみを目の当たりにする中で、神社という存在が地域社会に不可欠な「精神的インフラ」としていかに重要な役割を担っているかの確信を深め、その役割を自らの使命と捉え、神職の道を歩む覚悟を固めた。
その後、神社本庁より「正階」を授与され、香取神社(埼玉県越谷市)にて権禰宜として5年間奉職。四季の移ろいに合わせた日々の御祈祷や祭典、神楽舞の修練、巫女の育成、地域の子ども会との行事など、コミュニティの最前線に身を置いた。神道の生活の巡りの中に自らを置き、日々の勤めを通じて生まれる地域住民との深い絆に、神職としての真の喜びとやりがいを見出す。この5年間、知識と実務の向上に没頭し、神社運営の核心を経験したことが現在の活動の揺るぎない基盤となっている。
神社本庁より「明階」を授与されたのち、さらなる研鑽のため國學院大學大学院へ進学。指導教官である井上順孝名誉教授は、世界的な宗教学の権威であり、アメリカ芸術科学アカデミーの国際名誉会員にも選出されている。また、神道の国際的な理解を促進する決定的なリソースである『神道事典』やそのオンライン化事業を主導した第一人者である。その薫陶のもと、宗教社会学および比較宗教学に注力し、国内神社における外国人受容調査や、国際化する神道と社会変容について研究を深めた。英国での国立病院におけるチャプレンの調査を軸に、多宗教社会における異宗教受容をテーマとした修士論文は高く評価され、修士課程修了時には副総代に選出される。
米国、日本と続く15年以上に及ぶ学び・修練を経て、英国へ移住。そして2026年のカナダ香取神社創設へと結実した。伝統を守りながらも学術的な視座を併せ持つ神職として、国際的な文脈で神道の精神を紐解き、日本と海外の懸け橋となる。地域に根差した神道の心を次世代へ届けるべく、新たな地で歩みを続けている。
略歴
神職資格
日本国内には83,998の神道系宗教法人が存在し、その約94%が「神社神道」に属しています。これら全国の神社神道の神社を包括している組織が、宗教法人「神社本庁」です。
神社本庁が包括する神社の神職となるには、最高位の「浄階」をはじめ、「明階」「正階」「権正階」「直階」という5つの階位(資格)のいずれかを取得する必要があります。さらに、神社の代表者である「宮司」に就任するためには、「権正階」以上の階位が必須条件となります。
当「カナダ香取神社」の宮司は、海外では極めて稀である神社本庁の「明階(めいかい)」位(浄階に次ぐ上位資格)を有し、神道学の学位および、日本の由緒ある神社での豊富な社務経験を持っております。
日本国外に鎮座する神社神道の神社は神社本庁の管轄外にあるため、上記の資格を持たずとも神職を名乗ることが可能です。しかし当神社においては、日本の神社本庁下の神社と全く変わらない基準のもと、培ってきた確かな作法と伝統の「型」を守り続けております。
ここカ ナダの地においても、一件一件の御祈祷や祭典を丁寧かつ正確に執り行い、参拝者お一人おひとりの人生の節目や悩みに真摯に寄り添い、本格的な御祈願をさせていただきます。
雅楽、神楽舞
当「カナダ香取神社」宮司は、國學院大學での修学、各種研修会への参加、および神社奉職期間を通して、正式な祭祀に不可欠な神楽舞および雅楽の研鑽を重ねてきた。主な研鑽および師事の経歴は以下の通りである。
[神前神楽(祭祀舞)]
越谷香取神社奉職中に同神社宮司・小林桂子氏に五年間、舞を師事した。
また、祭祀舞講師資格者である横田欣子氏(広島県・吉浦八幡神社)のもとで一年間「浦安の舞(うらやすのまい)」を学んだほか、明治神宮にて開催される一般社団法人神社音楽協会主催の「浦安の舞」講習会を修了した。
個別の指導に加え、埼玉県神社庁主催の祭祀舞研修会等にも積極的に参加し、技術の維持・向上に努めた。
[雅楽]
「三田徳明雅樂研究會・雅楽瑞鳳会」に入門し、雅楽演奏家として国際的に活躍する三田徳明氏(東京都・於玉稲荷神社)および鈴木祥江氏に師事。「豊栄の舞(とよさかのまい)」の振付を系統的 に習得するとともに、雅楽の管楽器である「龍笛(りゅうてき)」の演奏技法、および雅楽の基礎を体系的に修得した。
宮司からの挨拶
神職としての歩みと、祈りの継承
1. 言葉の枠組みを超えた、救済の精神を求めて
神道を志す以前、私はキリスト教のチャプレン(聖職者)を目指し、米国の大学で宗教音楽とパストラルケア(スピリチュアルケア)を学んでおりました。苦難に直面する方々と真摯に向き合い、その魂を癒やそうとするキリスト教の明快な救済の姿勢や、聖職者が紡ぐ言葉の力に深い感銘を受けたからです。この学びは、私のスピリチュアルケアの土台として、今も深く根付いています。そこで学んだ何よりの財産は、スピリチュアルケアの本質が「決して相手の宗教を否定せず、既存の枠組みを超えて、苦難にある一人の人間の魂と真摯に向き合うこと」にあるという理解です。
私のルーツである神道には、「言挙げせず」という古来の精神があります。これは、神様の御心を軽々しく言語化し、定義することを慎む姿勢です。言葉に宿る力(言霊)を畏れ、あえて言語化して説明することは、その神聖さを損なう行為とされ、慎まれてきました。ゆえに、論理的な教義を説くことよりも、儀礼という「型」や、その場の心持ち を通じた感覚的な共有こそが尊ばれます。
教典を設けず、型の継承を重んじる姿に、かつては戸惑いも覚えました。しかし、異文化の環境で学びを深めるうちに、あえて概念で縛らないことの持つ「しなやかな力」に気づかされました。特定の教義で規定するのではなく、多神教的な包容力を持ち、個人の魂の課題に普遍的な立場から寄り添う。その「言葉を介さない共鳴」の先にこそ、神道ならではのケアの形があるのではないかと考えるようになったのです。
2. 修行の日々、祝詞に込められた慈愛
國學院大學にて神職の資格を目指す道のりは、多岐にわたる座学や厳しい祭式の授業の他に、全国の由緒ある神社での宿泊実習という自己研鑽の機会が数多くありました。その一つが、京都・下鴨神社(賀茂御祖神社)での実習です。千古の歴史を刻む糺の森の中に鎮座し、厳格な伝統を今に伝える場での日々は、私にとって神職としての姿勢を根底から形作る貴重な経験となりました。
忘れられないのは、ある早朝の実習でのことです。毎朝神様に食事を供える「御日供(おにっく)」の祭事において、指導に当たられた神職の方が、祝詞の中に私たちが実習の務めを全うできるよう願う祈りを自然な形で織り込んでくださいました。
神道の祝詞は、現代では使われなくなった「大和言葉」で綴られます。それは最も神様の御心に届く「言霊」そのものです。神職は、現代の言葉で綴られた人々の願いを古の言葉へと訳し、神前へと運ぶ翻訳者でなければなりません。この大和言葉を自在に操り、その場の状況に合わせた即興の祈りを格調高く紡ぐには、深い知識と研鑽が不可欠です。指導の神職は、私たちの張り詰めた心境を即座に察し、祝詞の中に願いを美しく組み込んでくださいました。それは、熟練の技術と慈愛があってこそ成せる、言葉以上の温かな「神道におけるスピリチュアルケア」の体現でした。この瞬間の原体験が、今の私の活動の軸となっています。
3. 仲執持(なかとりもち)の使命と、継承される「型の哲学」
大学および大学院での研究を通じ、私は「神職」という役割の本質について深く思索を巡らせてまいりました。神道の神職は、しばしば「仲執持(なかとりもち)」と呼ばれます。それは単なる儀礼の進行役を指すのではありません。大和言葉を用いて祈りを神前へ届けるだけでなく、そこに神の存在を人々に「感じさせる」という、極めて身体的な役割を担っています。
伊勢神宮での実習中、指導にあたった神職より教わった「目に見えぬ神様に向かうからこそ、寸分の狂いもない作法を鍛錬しなさい」という言葉は、私の心の拠り所です。神前で祭祀を捧げる際、神職は自らの背中を参拝者に向けます。そのとき、神職の所作は神の存在を映し出す「鏡」となります。厳かな祭式の中に立ち上る緊張感を通じて、参拝者がそこに神の気配を直感するからです。
この祭式の真価は、武道や茶道に通じる、極限まで練り上げられた「型」の中に宿ります。「稽古照今(古きを学び、今を照らす)」という言葉の通り、 まずは正しい型を身につけるための修練を積む。その繰り返しの中にこそ、不要なものが削ぎ落とされ、本質である神様の御心が立ち現れるのです。作法を身につけることは、単なる形づくりではなく、その形を創出した「心」を身体で理解する作業に他なりません。大学院時代の恩師より「清めと作法の修練によって神様の御心に近づく」と教わったことは、私の根幹を成しています。
キリスト教や多くの宗教の聖職者が、説教者として壇上で信徒をリードする「主役」であるのに対し、神職の立ち位置は決定的に異なります。祭祀の主役はあくまで「神様」。私たち神職は、自分の言葉で何かを教え諭すのではなく、そこに神様がいらっしゃるという空間を、所作一つで立ち上がらせる「装置」のような存在です。
神道には、一見して矛盾するような二面性があります。それは「どんな解釈も受け入れる広大な受容性」と、「極限まで削ぎ落とされた型への厳格なこだわり」の共存です。なぜこれほど相反する性質が共存しているのでしょうか。
私の考えでは、神道の「型」を守ることは、自由を制限することではありません。むしろ、教義や言葉という個人の理屈を一度手放し、身体を器として「空(くう)」にすることです。言葉を尽くすのではなく、ただ正しく型をなぞり、儀礼を全うする。その身体的言語を通じて神様の存在を現すとき、そこには個人の主張は消え、神様の御心を映し出す鏡となるのです。
本来、祭祀の継承と執行、神話の解釈、そして場を清めることは神職の根幹です。それに加え、日本人が古来より大切にしてき た行事や儀礼などの文化風習を、その精神性と共に未来へ語り継ぐことも私たちの責務です。神職とは、神と人を結ぶだけでなく、この伝統と文化を未来へつなぐ「文化の仲執持」でもあります。
現代、日本文化に触れる機会は世界中で増えましたが、その一方で神前作法である「祭祀」や「祭祀舞」が、本来厳守されるべき型を欠いた「自己流のパフォーマンス」として発信されている現状を目の当たりにします。いま、海外という環境に身を置くからこそ、あえて厳格にその形を守り抜くことに、神職としての責任があると感じています。真田広之氏がハリウッドで妥協なく追求した「正しい日本文化の発信」が多くの感動を呼んだように、祭祀を厳修し、正しい日本の伝統文化と神道の精神文化を紹介し続けることが、海外において日本文化を愛する方々への誠実な応答であると信じています。
神道の型は、一度学んで完成するものではありません。祭祀の真髄を正しく継承し、時代の中で生き続ける「正しい形」を体現するには、生涯をかけた研鑽が必要です。折に触れて日本へ戻り、祭祀舞の恩師の言葉である「見直し・聞き直し・やり直し」を重ねながら、自身の所作を厳しく見つめ直す。この型の哲学を厳格に守りながらも、皆様の心に最も近く寄り添える神職であり続けられるよう、初心を忘れることなく、日々精進を重ねてまいる所存です。